「月下の棋士」から 第19巻「A(えい)」

 伝説的棋士 御神三吉の孫 氷室将介は名人 滝川幸次との対決に向けて順調に順位戦を勝ち進んでいった。そうして迎えたA級順位戦初戦、相手はロシアから帰化した 三国イワンであった。イワンはチェスの元世界チャンピオンであったが、突然将棋に転向したという経歴の持ち主である。転向は金のためといわれていた(※1)が、イワンの言によればそうではなく「ロシア人の誇りのため」だという。そして、イワンは実際に将棋を「チェス式」に、すなわち持駒を使わずに指していた(※2)。
 そのようなイワンの行動の背景には、イワンの父 ユーリ・ミクリコフと御神との出来事があった。昭和22年、連合軍総司令部内で、外交官として日本に来ていたユーリと御神がチェスで対局することになった。しかし、50手目、ユーリは取った駒で合駒をして反則負けとなってしまう(※3)。その後、ロシアで臆病者の烙印を押されユーリが自殺したことが、イワンにとって遺恨となっている。

 序盤 

 御神は試合会場に行く途中で、「”くいん”は八方に進み・・・」とルールの確認をしているところを見ると初めてのチェスのようです。

左が序盤の局面です。頭に隠れて盤の一部が見えませんが想像しました。先手の白が御神、黒がユーリですが、どうやって手番を決めたのかはわかりません。

ぱっと見て「これは!」と思いました。キングズインディアン・ディフェンス(※4)のサミッシュ・バリエーション(※5)で、白が9手目(※6)を指した局面です。初めてなのに定跡通りに指し、しかも攻撃的な形を選択するとはさすが御神三吉、ただ者ではありません

ユーリのチェス歴は書いていないのでわかりませんが、こちらもちゃんと定跡を知っていることから、少なくともそこそこ強いことがわかります。


 合駒の局面 

さて、そのあとのページで中盤戦の盤面が出てくるのですが、ほとんど真横からの絵で配置がつかめないのでとばして、左が問題の合駒をした局面、白が Qf1+ としたところです。派手な戦いがあったようでポーンの数がかなり少なくなっています。そして、ルーク 対 ナイト+2ポーン(※7)となかなかいい勝負になっています。おそらく、互いに面白いチェスだったと思ったのではないでしょうか。ここで、黒がにすでに取っている白のビショップを、黒キングの手前 f6のマスに「合駒」して反則負けとなりました。

普通に指すなら、...Kxg6 とルークを取る手ですが、以下 Qg1+ Kf5 , Qg5+ Ke4 , Qg6+ Kxd5 , Nf4+ Kc5 , Qxc2+ と連続チェックで黒のクィーンを素抜く筋があり白の勝ちとなります。...Ke7 と逃げても Qf6+ から、チェックメイトされることになります。おそらく、ユーリはその筋をすべて読み切って投了の意思表示として合駒という行為に出たのでしょう。もっとも、合駒が有効だったとしてもただ取られて一手詰ですが。合駒するならもう一つ手前の f5 のマスにしてほしかったところです。

ところで、左図での白の Qf1+ という手は最善手とはいえません。Rg7+ Kf6 , Qf1+ Ke5 , Qf4+ Kxd5 , Rd7+ Kxe6 , Rd6+ Ke7 , Qf6# という即詰があるからです。ユーリが合駒をしたのは、御神がこの明快な勝ちを選ばずに遠い勝ちの手を指したことに抗議する意味があるのかもしれません。御神が即詰を読めなかったということは、チェスの実力はそれほどではなかったという証拠でしょう。将棋にすれば初段くらいでしょうか。そして、その御神に負けたユーリの実力はそれ以下ということになります。



と、いうことで御神三吉 R1600(※8)/ユーリ・ミクリコフ R1500を認定

(※1)もちろんそんなはずはない。チェスのスポンサーは将棋のスポンサーよりずっと多く、世界チャンピオンともなれば、タイガー・ウッズほどではないにしても、かなりの収入があったはずだ。
(※2)そのため、前期は3勝しかできず残留が精一杯だったそうだが、持駒を使わずにどうやって3勝もできたのかは不明である。
(※3)チェスでは、ルールで許されていない着手をしても反則負けとはならず指し直しとなる。(ただし、相手のクレームがなければそのまま進行する。)日本での対局ということで、「将棋式」の特別ルールが適用されていたのだろう。
(※4)白の初手d4に対して、黒がNf6,g6,Bg7とする戦法。非常にポピュラーな定跡のうちの一つ。
(※5)キングズインディアン・ディフェンスの中の一つの定跡で、白がf3と突くのが特徴的。黒キングへの速攻が一つの狙い。
(※6)チェスでは白黒セットで1手と数えるので、将棋式の手数でいえば17手目。
(※7)チェスでは駒の損得の計算法があり、ナイト・ビショップはポーン3つ分の価値、ルークは5つ分、クィーンは9つ分の価値があるとされている。
(※8)チェスではレイティングが強さを表す数値として一般に使われている。個人的には将棋倶楽部24でのレイティングと、大体同じ感覚だと見てよいのではないかと思う。



上ではあえて触れませんでしたが、上の2つの図を見比べると不自然な箇所があることにお気づきでしょうか?
そう、

まだすべての謎が解けたわけではない…

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